限りなく濃紺に近い青

まじめなこともそうじゃないことも

さいごに

おおよそ6年間に及ぶアイドル活動が2020年2月14日をもって終わりました。

まじばんとしての活動は6年間でしたが、動画を投稿して踊ることを初めてからはおおよそ10年。永きに渡り続けてきたことが1つ終わる実感がまだないです。

振り返りという意味を込めて、たくさんのことを遡って書くので、自分の話ばっかりになってしまいそうです。すみません。最後に自分も整理したいので時間がある時にでも読んでください。

 

私は活動を始めた時から、常々言っていたのが「自己肯定感が高まらない」ということでした。

これは活動だけじゃなくて、私の人生で常に感じている事でした。自分はこれでいいんだという自信や安心感、人から愛される事に対しての納得感もなく、自信満々でいれる人は羨ましいなあと思いながら過ごしていました。簡単に言えばネガティブな人でした。今もネガティブといえばネガティブですが、活動を始めた時は今よりもすごくネガティブでした。

私の両親は、私がやりたいと言った事は否定しないでくれたし、割と放任主義で人に迷惑をかけた時や不義理な事をした時にはめちゃくちゃ怒られるけれど、それ以外には寛容で、小学2年生から始めたエレクトーンも全力で応援してくれて音大まで行かせてくださったし、アルバイト代を全てオタ活に注ぎ込んでも何も言わなかった。こんなに自由やらせてくれて大事に育ててくれたのに、自己肯定感だけ異様に低かった。振り返ってみると、自己肯定感が低いというか、なくなったのは音大に入ってからかなと思います。

親元を離れて名古屋で一人で暮らし始め、福井の田舎では上手と言われていろんな賞を頂いていたエレクトーンも、都会に出てみたら大したことはないし、できないことだらけで、「音大という場所は天才一人をあぶり出すためのその他大勢の凡人でできていて、私はその凡人の一人だ」と思い知った時に、多分ものすごく自信を無くしたんだと思います。友だちも全然できなかった(いまでも連絡を取ってくれるのは2人だけ。まじ大事な友だち…。)し、自分と向き合う膨大な時間の中で、音楽に対する才能の無さや、これまでやってきたことの薄っぺらさに絶望して、どんなに練習しても誰にも追いつけなくて、自分がやってる以上に周りがやっているという時点で、もう私のアベレージ限界じゃん、とやる気もだんだんなくなっていき、卒業する頃には楽器に座っても、なにも意欲が湧かなくっていました。

楽しくて好きで続けていたことが徐々に楽しくなくなっていく感覚。自信がないと楽しくないし、楽しくないと音楽は輝かない。

卒業する頃にはエレクトーンだけでごはんを食べていけるようなビジョンを持って入学したけれど、実際は音大生なんて一ミリも求められていない一般企業対して、卒業論文の内容も言えないし(音大は卒業制作だからこんな曲書きましたとか言っても意味ない)60社に送ったエントリーシートが60社にお祈りされるような状況でした。多分ここで自己肯定感が0になったと思う。

名古屋の家を出る時に、もう演奏することはないからと言って、売り払ったエレクトーンは、両親が買ってくださった時は100万円ほどしたのに、最後には8万円で買い取られた。これが今の自分の価値だと思った。両親の期待にこんなにも答えることができなかった。こんなこともできない自分は本当に価値がないなあと思った。

時間は少し遡って、ちょうどほどほどに自信がない時に、しーたに誘われてMagical Ban☆Bangとしての活動が始まりました。踊るのは好きだったし、しーたに「嫌になったらいつでも辞めていいから」と言われ、「いつでも辞めていいなら」と言って、本当に軽い気持ちで始めました。ただ、ここでも「のらくらはまじばんの劣等生」と言われ、必要としてくれている人がいるだけマシ。と思って続けていました。(劣等生でも踊るのは好きだったのでそれがせめて続けられるならと思っていた。)

踊ってみたも含めて、ダンサーみたいにゴリゴリに踊れなくても、自分が納得いってればいいや、趣味だし。程度に思ってやっていたので、踊ることに対してそこまでこの頃は深く考えてはいませんでした。

運良く拾ってくれた会社は、やったこともない仕事を「できないんじゃなくて、やってみろ」なスタンスで新卒で入ってからすぐにいろんな仕事を任せてくるような会社でした。始めの頃は心が折れまくりで、何もできないし、何もできないのにお給料もらうは申し訳ないと思ってとにかく毎日必死でした。辛いことがたくさんあったけど、ある人に弱音を吐いたら「お前なんてラッキーでいま存在できるだけなんだからそんなことでいちいち文句をいうな」と言われて(これは弱音を吐く人を間違えた)東京という街は愚痴や弱音を吐かずにみんな生活している街なんだと思ったのを今でも覚えてます。

時を同じくして、まじばんがセルフプロデュースを余儀なくされ、メンバーも抜け、まじばん自身も誰にも弱音を言えない状況でした。

その時点ですでに応援してくれている人も大勢いて(それぞれ以前に活動していた時のファンの人が、Magical Ban☆Bangとしての活動を楽しみにしてくれていた)、多分みんなやるしかない、と思って一人一人が自分にできることをいろんなことを我慢しながら、歯を食いしばってやっていたんだと思います。自分は、仕事とまじばんを両立するというよりかは、仕事で成果をあげればその分まじばんに還元できることも多かったので、どちらも楽しむっていうよりかは仕事という気持ちでやっていました。今振り返ってみると。なのでメンバーに対しても完全に仕事仲間として関わっていたので、仕事としてちゃんとできてないと思った部分には厳しかったから、うるせえなと思われてただろうなとも思います。

そんな生活を東京で送って数年後、父親が蜘蛛膜下出血で倒れました。幸いにも一命はとりとめて、今も寝たきりですが話はできる状況です。

父親に関しては本当に甘やかされて、怒られた記憶なんてほとんどなく私が生まれてから大病もしたことがなかったので、父親は健康なのが当たり前と思っていました。仕事中、父が危篤ですぐに帰ってきて欲しいと連絡があり、福井についた時には父親は集中治室で読んで字のごとく死にかけていて、それから数日実家に滞在していた間は意識も特に戻らず、母と姉と私で、何か食べなきゃと言って入ったファミレスで注文したけどみんな何も食べれずに帰ったのを覚えています。家にいても夜になったら親の帰ってくる車の音が聞こえたりしていた。この頃は本当に本当に辛かったし、父親に親孝行らしいことは何一つできてなかったので、不甲斐なさとか自分は東京にでて何をしているんだとか、いろんな気持ちで毎日過ごしていました。

父の意識が戻って筆談ができるようになった時、紙に「マジカルバンバンがんばれ」と書きました。

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音大でたのにエレクトーンは続けれていないし、正月にしか帰らないような私だったのに、それでもやってることに対してガンバレっていってくれるんだと思って、申し訳なさと許されてるような安心感があったのを今でも覚えています。

この頃から「時間って限られてるぞ」と強く意識し始めました。

あんなに健康だと思っていた父も自分自身がこんなことになるとは一ミリも思ってなかったはずです。健康な体があるうちにやれることってたくさんあるけど、健康に体があるうちはいつでもできると思ってしまう。でもいつでもって、いつまでだ?

 

それからしばらくして私も突破性難聴とそれに伴う軽いメニエール病を発症しました。

家の風呂場で突然自分の周りがメリーゴーランドみたいに回転し始めて、まっすぐ立っていられなくなり、鼻血を出して倒れたり、まじばんの練習中に突然目が回ってメンバーに迷惑をかけた時もありました。幸い「あれなんか耳がおかしい」と会社で気づいて、すぐに会社の隣の耳鼻科に行けたので、軽度で済みましたが、ライブ中スピーカーの音が片耳からしか聞こえなくなったり自分が今との立ち位置にいるかわからなくなったりして、この頃はかなりグロッキーでしたがメンバーはだけも責めたりせずにいてくれて本当に助かりました。今も耳はちょっと遠くて気圧にものすごく弱くなりましたが、生活には支障があるレベルではないです。心配しないでね。

 

そしてツアーをへてドメスチック!(現在のどっちて爆撃ッズ)と出会い、事務所に入ることをメンバーと話し合って決めました。このタイミングで3ほど勤めていた会社を辞めました。

 

nrakura.hatenablog.com

 

今思えばこれがかなり人生においても転機でした。

いや、仕事やめるってそりゃあ転機だろって思うかもしれませんが、当時の私はそこまで転機だ!ともおもっていなくて、生活や環境そのものは大きく変わるけれど、やっていく事や自分自身に関してはそこまで変化ないだろうと思っていました。

 

話は自己肯定感の話に戻ります。

自己肯定感がないと起きる様々な生活上の支障に、生きづらさはとても感じていたので、どうにかしたいと思い自己啓発本を読んでみたり、ポジティブな人を観察してみたりといろんな事をしてみましたが、どうにも自己肯定感は高まらなかったです。

ただ、今振り返ってみると「3年勤めた会社でちゃんと働いて、円満に退社できた事」によって、自分の中で自己肯定感は増したな思います。

音大に出た時になんの成果も得られずに、親孝行らしい親孝行もできなくて、弱音を吐いたら否定された時に、自分にはこんな事もできないのかと思ったけれど、そんな自分でも社会の中で一人の人間として仕事で少ながらず会社の役に立てたし、やった事ない仕事にも挑んで行けたという達成経験が、社会人生活の中で得る事ができたからだと思います。

エレクトーンは基本時に一人でなんでもできちゃう楽器なので、それをひたすら続けてきた自分は、それこそ人と関わる事自体がめちゃくちゃに苦手だったけれど、会社の人や取引先、毎日いろんな人間と関わる事で、人そのものへの抵抗感も薄くなったし、気づいたらどんな人とでも仲良くはなれなくてもその人その人に合った関わり方ができるようになってました。

ダンスも、「好きだけど、上手に踊れないから大変だな」とずっと思っていましたが、

活動を続けていく中で、やっぱりダンスは習わないといけないんじゃないかとなり、知り合いに頼み先生からダンスを教われるようになりました。そこからやっと、ダンスって本当に楽しいと思えるようになって行きました。

もともと筋肉も体幹も全然なくて(今もそんなにない)、ダンスの基礎みたいなのはゼロに近い状態でした。そんな私にも本当に1からダンスを根気強く教えてくれたMeg先生に出会えたのは、活動をしていたから出会えた貴重な出会いです。多分、Meg先生に出会えていなかったら、振り付けもしていないし、まじばんの活動を終えた後もダンスを続けて行こうとは思えていなかったと思います。また、その中で「筋肉がついていくくこと」「体幹ができていくこと」など自分の体の変化によって、ダンスが変わっていく実感も自己肯定感が増すポイントでした。頑張った事に対する成果が、対人では体感できないので、こうやって自分の体やダンスなど、みに見えて成果がわかる事は本当にやり甲斐があったし、ダンスを頑張っている時だけは「自分はこれでいいんだ」と思えました。

そんな中で出会った超特急。ユーキさんのダンスをみて、自分のこんな風に踊れるようになりたい!と思ったら本当に踊り方が変わって行ったし、改めてステージに立つことの素晴らしさを自分の中で納得することができました。その気持ちはいまでも変わらないです。

 

こうして増していった自己肯定感は人生という面でみればどんどん増していくべきものでしたが、自己肯定感が増せば増すほど、自分がアイドルして活動していく中で様々な葛藤も産んで行きました。

どんなに踊りを頑張ってもチェキを売らないと収入としては反映されないジレンマや、ステージのパフォーマンスだけでは評価されなかったり、ファンの人が求めているものがステージ以外の部分であったりすることに対するミスマッチ感など。

だからと言って私は、ライブに来て頂くこと、「会いに来て」と言えるアイドルには最後までなれませんでした。自分が、「会うこと」に対して価値がある存在だとは思ってなくて、あくまでも「いいライブをする」ことによって価値がある存在でいたかったので、会いに来て話してチェキをとることに価値を求める人たちに対してはどうにも自分が納得することができなかったです。

勘違いして欲しくないのは、チェキを撮って話をすること自体が嫌だった訳ではないです。それでしか評価されない環境にしかいれない自分が嫌でした。

ことダンスに於いては、見てもらえなかったら意味がないです。最初のうちはみんなが盛り上がって楽しんでくれていたらそれでいいと思っていた時もあったけれど、自分がダンスを頑張れば頑張るほど、ステージから背を向ける人に理解はできないし、パフォーマンスに対して誠意がない人と対峙すればするほど、こんな環境にいる自分に対しての不甲斐なさを感じてまた自信をなくしたりしていました。

私は接客業をしたい訳ではなくて、ステージに立つアイドルとしてもっとたくさんの人に見てもらえる人になりたかった。でも自分がいつまでも接客スキルで評価されその対価として収入を得られるところにいる以上は、自分はそのレベルの人間なんだということです。私はファンの人を否定したい訳ではなくて、そういうカルチャーに合ってない自分になって行ったことが原因だと思います、そして、自分自身がそういう風になっていったことも否定したいわけでもないです。ただ、合わないというだけです。

 

こういう書き方をするとまじばんの活動休止理由みたいに捉えられてしまいそうなんですが、それは違いますし、上記のことは私が個人的に感じていたことです。

理由はさまざまありますが、休止自体はメンバーが全員で話し合って決めたことです。

そして納得して出した結論です。事務所の人とも一切揉めてないですし、メンバーとも仲良しです。これは今までもこれがもずーっとそうです。

こんな一癖も二癖もある私と真っ当に関わってくださったこと、メンバーにも事務所の方にも本当に感謝しています。ありがとう。

 

2月14日のライブを終えて、昨日いただいたお手紙を全て読ませて頂きました。

たくさん、ありがとうございました。

手紙の中で一番多く書かれていたのが「尊敬」という言葉でした。

自分なんかが尊敬してもらえるところがあったんだろうか、と今でも思うけれど、自分がやってきたことに対する言葉が、尊敬なのはとても誇らしいことだと今は納得して、そして自信を持てることだと思っています。ありがとう。

顔が好き、ダンスが好き、生き方が好き。

これもとても多かったです。全部、好きになって欲しいところでした。自分自身これが全てだと思っているので嬉しいです。ありがとう。

 

私はアイドル像みたいなのがなくて、アイドルとしての自分!みたいなのを一切作れずにアイドルとしての人生を終えました。それが向いてなさにも繋がったんだと思いますが、人から生き方を好きだといってもらえる人生って稀なことだし、生き方はその人にしか表現できないことです。だからアイドルをしていて、生き方に対して好きといってもらえることは、とても誇りに思います。ありがとうございました。この肯定感をこれからも大事にして生きて生きます。

 

振り返りについてはここまでです。長くなってしまいましたが、こんなアイドル人生でした。辛いこともたくさんあったけれど、それが全て今の達成感に繋がっています。これは本当にみなさんのおかげです。ありがとう。

活動をしていて、いわゆるアンチみたいな人たちに出会うこともたくさんありました。そのことについて今まで言及したことはありませんでしたが最後なので、少しだけ書くと、今もどこかで私の不幸を祈り、一挙一動に対して不満を持っている人がいると思います。基本的に精神衛生によろしくないものは見ないので、多分私の目や耳に届いているのは数%だけだったと思います。そういう人たちが私に対してのヘイトを言葉にし、それを目にするたびに、「わたしなんかの不幸や揚げ足を取って楽しんでる人より、私は幸せだ」と思えていました。申し訳ないですが、今までも幸せでしたし、これからも私はこんなにも達成感と共にアイドルを終えれて幸せです。みなさんも早く自分自身の幸せを考えれるようになりますように。

 

一つだけ心残りがあるとしたら、記事にできなかったサシ飲みコラムについてです。

一つは風俗の話しかできなかったのでボツにしたのですが、もう一つ真剣な人生相談を受けてそれを記事ににしようと何度も書いてはいました。

ただどんな書き方をしても個人が特定されかねないような内容だった為、私の能力ではどうしても記事にすることができませんでした。申し訳ないなあと思っています。

その方とも自己肯定感の低さ故に狭まる選択肢やジレンマなどを話しました。それ以来会ってないけれど、幸せていてくれたらいいなと思っています。その節はどうもありがとうございました。私は話せてすごく楽しかったよ。

 

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これからについてです。

 

以前お知らした通り、以下のことはしません。

・地下アイドルとしての活動

・コンカフェ等での勤務

・配信アプリ等でのライバー活動

・撮影会への参加

・オフ会の開催

 

先ほど書いたように、自分はパフォーマンスに対しての対価しか納得して受け取れないです。上記のことは自分がやりたいと思えないので今後は一切行いません。

じゃあ何をするの?聞かれると、これをします!とも言えなくて、逆に上記以外の自分が興味のあること、好きにことに関してはどれも全力でやらせていただこと思っています。(私生活では本当に引っ越しがしたいので、頑張って働こうと思っています。)

 

・踊ること

・振り付け

SNSTwitterInstagramvlog・ブログ)

・サウナや銭湯に関わって何かを発信すること

・モデル

これは自分がやりたいことなので、これからも続けさせて頂きます。

もしまだ見たいと思ってくださる方がいらっしゃいましたら、見守っていただけると嬉しいです。

 

ダンスに関しては、アイドルをしていてアイドルという立場の中で、多少褒められていたレベルです。アイドル・踊り手、じゃ無くなったらまだまだ人前で踊れる立場ではないと思っています。しばらくは修行に専念したいと思っています。もしも、またどこか人前で踊ることがあれば、お知らせてさせて頂きますが、アイドルじゃなくなった私のダンスを見にきてくれる人がどれくないいるんだろうと怖い気持ちもあります。とにかく今は、修行の身です。

 

長くなりましたが、MAJIBANCHののらくらとして書くブログはこれが最後です。

これで一区切り、今後はnoteへ移行して、日々のことや何かしらアウトプットしたいことを書かせて頂ければと思います。

https://note.com/nrakura

 

アイドルという経験が、自分の人生の中で訪れるとは一ミリも思っていませんでしたが、アイドルという経験を経たからこそ得られたものは数え切れないくらいあります。

アイドルとして私が存在できていたのは紛れもなく、みなさんのおかげで、アイドル人生をこうして終えれた私は、またひとつ自分のことを好きになれました。

こうしてたくさんの人と関われて、たくさんの時間を過ごして得られた自己肯定感は一生なくならないと思います。

小さなことかもしれませんが、のらくらというアイドルを応援していたことを誇りに思ってもらえるように、これからも自分らしく清くかっこよく生きていけたらと思ってます。

 

本当に本当にありがとうございました。

みんなのおかげで幸せなアイドルでした。

私はこれからも幸せです。

みんなも幸せでいてください。

 

のらくら

2019年の話

今年も1年、ありがとうございました。

 

2019年が始まった時から、「今年はこれまでやってきた成果を果たすだけ果たして終わりたい」と思って過ごしていました。


死ぬときに、あれすればよかった、これすればよかったって、思って死ぬのだけは嫌だなとそう感じる出来事があったり、思い残すことが沢山あるまま、終わらなきゃいけない事や、強制的に終わってしまった事や、人を、沢山みてきました。いつ死んでも、終えてもいいように生きるのはすごく難しいし、今の未熟な自分には無理だと思います。けど限りなくそれに近づけるようにやるべき事と、やるべき事を正しくやれるような安心した生活。それを強く意識した1年になりました。やることやったわ!お疲れ様した!って最後を迎えたいです。


今年大きく変わったことといえば、振り付けをし始めた事です。以前からしていたといえばしていたのですが、1年で18曲も振り付けをするとは思ってませんでした。
振り付けや、ダンスの好みは人それぞれですが、AyabambiさんをはじめとしたVogueというジャンルやMIKEYさん、えんどぅさんのコレオ、K-POPなど、独特の雰囲気があり、体から音が鳴ってるようなコントラストがしっかりしたメリハリのあるダンスが特に好きで、自分もそれに近付きたいと思って頑張っている途中なので、そういう憧れが現れた振り付けが多かった気がします。(憧れだけで理想と現実の差は天と地くらいの差があった)ただ、ほんとに振り付けをし始めてから悩む事が増えて、真面目に向き合えば向き合うほど、思うように体が動かないこともそうだし、教えるときに思うように振り付けを言語化できない事に未熟さを改めて知って落ち込んだり自信をなくしたりするのを繰り返す1年でもありました。

1年間振付をして、自分に足りなかったのは、振り付けを揃える為にまず踊る人の心のチューニングを丁寧に行う事とか、モチベーションとか曲への理解を深める手助けをするっていう作業が本当に下手で包容力がなかった事。多分自分でもこの作業が一番難しいと思ってるし、自分まだ完全じゃないから振り付けよりうまく教えれなかったんだなと思います。踊るためにはまず心が踊ってないと人の心って動かないんだなと、いろんなステージやダンス、人や物を見て学べました。これはダンス以外の人と関わるっていう部分でもほんとうに自分に足りてない部分だなと反省しました。今も反省中です。

そういった意味でも、昨年末に出会った超特急や、最近だとproduce101JAPAN、秋から習い始めたVogueやJAZZのレッスン、いろんないい出会いがあったのも2019年のよかったなと思う出来事です。ダンス以外の部分も沢山学ばせて頂きました。来年は今年よりもより一層、体のことや踊ることについて深く追求してみたいです。ダンスがもっと上手くなりたいです。

そう思わせてくれたのも、応援してくださってるみなさんのお陰です。本当に1年、ありがとうございました。


踊ること以外の事で何かあったかな、と思うと意外となにもなかったりするんですが。
日本酒が飲めるようになった事、ワインが好きになった事、料理が前より好きになった事、いつでも引越しできる家にしたいと思って物をすごく減らしたら、家がすっきりしてとても住みやすくなった事。ヤクルトとヨーグルトを続けて2年経って
着実に風邪をひきにくくなってる事。苦手な人へのシャットダウン速度がめちゃくちゃ速くなった事、他人に対して過度な期待をしなくなった代わりに信頼できる人や物をとことん信頼するようになったら、好きなものが増えて幸福度が増した事。そして信頼できるかどうかを見極めるその目が自分にはあると自信を持てた事。


これまで生きてきた中で、一番どうなるかわからない、そんな来年2020年が来ます。
どうなるかはわからないけど、自分次第で楽しくなるか楽しくなくなるかは目に見えて分かります。


2020年、2月14日でMAJIBANCHは活動休止をし、わたしはアイドルとしての活動を終えます。暖かくも冷たくもぬるくも色んな形で見守ってくださった、色んなところに住んでいる年齢も性別も色々なみなさま。ぜひ見届けにきてくださると嬉しいです。


2020年がとても楽しみです。


のらくら

 

 

 

LIVE is LIFE の話

前回のワンマンから約2ヶ月間。

これだけ短いスパンでワンマンが立て続いたことは今まで無かったので、正直前回のワンマンの緊張感が続いたままの2ヶ月間で結構こたえました。振り付けするにも曲や歌詞割がfixしないと制作に進めないので実質ユニーバース以外は1ヶ月間のうちに間に合わせ、音楽を止めろに関しては振り入れをしたのが10/3となんとも恐ろしいスケジュール感。わたしが外注の振付師でクライアントから来ている仕事だったら断ってます。

一切妥協したくないですし、100点満点の振り付けをしたい、けど自分の引き出しも限界突破しそうでしたし、時間もメンバーに教える時間もカツカツな中で、みんな本当に頑張りました。

 


前回のワンマンライブから先日のワンマンライブまで2ヶ月という短い期間ではありましたが、いろんなインプットをする機会がありました。


昨年のSMAP祭から引き続き関わらせて頂いているDJダイノジさんのステージ。昨年のSMAP祭の経験はわたしにとってとても貴重な経験でした。普段のライブとは違って自分のファンの方はほとんどいない状況で、かかった曲に合わせて即興でお客さんが踊りやすい振り付けを踊る(とはいえSMAPの曲は知らない曲がないのである程度乗り方はわかるのですが)

というのを小1時間ほどぶっ続けでやるので、頭も体もフル稼働しながら「いくらみんなが知ってる曲で大好きな曲でも、人を踊らせるってすごいエネルギーのいるとこなんだ」と身を持って経験しました。正直ちゃんと出来たのか未だに分からないけれど、ステージで踊るのが自分一人しかいない窮地を経験したのは本当にいい経験になりました。

それからMAJIBANCHのライブでの感じ方も大きく変わっていって、自分が歌ったり踊ることで人の心を躍らせるという事を強く意識するようになりました。

実際に体が踊っていなくても心が踊っている人はステージから見ていたらわかるものです。

そんな中で、ありがたいことにお声がけ頂いた氣志團万博への出演もとても貴重な経験をさせて頂きましたし、名だたるアーティストの方々のいろんなステージを拝見できてとても勉強になりました。

全力でステージする人を見たらどんなに興味がなくてもこんなに人の心って震えるんだなあと。

もちろんその演者さんの顔を見たい、姿をみたいというのもあるけれど、フェスにくるお客さんのほとんどはその空気感を感じに来ているんだなあと思いました。音楽を爆音で聞けて好きに動いても迷惑をかけなければ咎められる事もない。全力で音楽を楽しめるのが非日常なんだと。

毎日いろんなことに耐えながらイヤフォンでひっそりと聴いていた音楽をこんなに全身で味わえるんだ!っていう多幸感。

自分たちは立つ側なのでその非日常感を忘れてしまいがちだけど、お客さんにとっては毎回が非日常でそのためにお金払ったり時間使ったりしてるんだなあと。

じゃあその非日常感を増幅させるために、演者はやれることを全力でしないといけないなと改めて思いました。

 


生きてるライブ感はその場にいないと味わえない、氣志團万博もそうだし、前回のワンマンの直前にいった超特急のライブでも、9月に開催された超特急タカシさんの生誕でも強く思いました。タカシさんの生誕、本人の緊張も気合いも、本当にひしひしと伝わってくるいいライブでした。人が殻を破ろうとしている空間に立ち会えるのはありがたくて尊い。自分もそんなライブがしたいなあと思いました。

 

とはいえ自分もまだまだ未熟だし振り付けだって拙いから、いろんなことに甘えて、こんなもんでいいかっていう程度のものを出してしまったらすぐにバレちゃう。大変だったけど得たものをちゃんとアウトプットできたとは思ってます。もてる最大限はできたはず。

でもそこで満足せずにもっと高めていく必要がある、ダンスだって歌だってまだ理想になんて到底追いつかないレベルです。

頑張ってたね、できてよかったね、っていうライブが理想じゃなくて、いやー今日はいいもん見れたわ!っていうライブをするんだと思って日々ライブをしています。そう思えて頂けていたら嬉しいです。

 


これからも自分の生きてきたものをみんなに突きつけるようなライブをしていきます。あとちょっとだけお付き合いください。

10/6は、ステージから見える客席でのみんなの表情がほんとに穏やかで幸せそうなのが印象的でした。この顔作ってんの自分たちなんだと思ったら誇らしかったです。

本当にありがとうございました!今後ともよろしくお願いします!

 


のらくら

【日常】9月の話

四季の中で一番好きなのが秋。

よって9月10月が1年の中で一番好きです。

丁度いい気温。丁度いい衣服。

食べ物も美味しいくて丁度いいし冷たいものも熱いものも美味しく頂けて、秋はまじで最高。

 

なんでもそう丁度いいがみんな好きなはず。

 

丁度いい関係も、丁度いい距離感も。

丁度よさを求めて人は右往左往して無駄なこともたくさんして生きていくんだろうなあ。

クーラーの温度ひとつ取っても、寒い人と寒くない人がいるくらい、丁度良さは自己中心性を孕みすぎてる。

クーラーの温度は明確な尺度があるけど、他人の気持ちが本当の意味で理解できないのと同じで、他人の丁度よさなんて知り得ることはできない。

困ったのが丁度よさは人それぞれだから、私にとっての丁度よさが、私以外の人にとっては丁度よくないことも沢山ある。逆も然り。

なんなら丁度良くないことばっかりな気がする。求めてる丁度よさをがズバッとハマる事の方が珍しい気がする。

それでも丁度良くしたい。めちゃくちゃ最高にしたい事以外は全部丁度よくあって欲しいと思ってしまう。

人は自分の丁度よさでしか測れないから。

自分の丁度いいがみんなの丁度いいだと思わずに生きていかなきゃなあ。

だからこそ、丁度いいが同じな人と丁度良さを分かち合える稀有な関係を、可能な限り大事にしていきたいね。

 

美味しい匂いを嗅ぎながら、沢山の人を眺めながら、夜の三軒茶屋を歩きながら、そんなことを考えました。

9月もよろしくおねがいします!

 

 

【日常】壁の話

前回のブログで冒頭に少しネガティブな事を書いたら、

「何をやっても楽しくない人を応援したいとは思えない」とか

「ネガティブな事を発信するべきではない」とか

いろんなご意見をいただいたのですが、あの記事のオチは

「ちゃんと寝るのマジ大事」っていう事が言いたかったので、言葉を適切に伝えるのって簡単だけど、難しい事だなあと思いました。

 

 

8/12 に開催されたMAJIBANCHのワンマンライブ。

お越しくださったみなさま、ありがとうございました!

無事にこの日が迎えられたのも、みなさまのおかげです。ありがとう。

ワンマンでは、極力長尺のMCは避けているので、話せなかった事をこのブログで書きたいと思います。

 

常々言うております、自己肯定感の高まらなさの壁に、ちゃんと向き合わなきゃなと思ってました。夏が始まる頃だったと思います。

でもこれは、一種の薬のない病気だと思うし、人間性にも問題があるので、どうやって治すんだろう、向き合うんだろうと思いながら、「とにかく今自分がやるべき事と真剣に向き合って生活しよう」と思いながら生活していました。

7月に入ってすぐの頃、ありがたいことに振り付けのお仕事をいただきました。

それとほぼ同時期に、8/12のワンマンライブに向けてのカバーの振り付けも決まり、合計5曲の振り付けを7月中に仕上げる事になりました。

これまで、1曲だいたい8時間ほどかけて振り付けと位置を決める作業を行っていましたが、8時間というのはあくまでもギュっとした時間で、働いて、ライブして、レッスンして、の合間にスタジオに入って振り付けを作る時間は意外と無かったりします。

こんな短期間で、いくつも振り付けをする事が今までなかったので、スタジオに篭っては、自分の振り付け能力のなさと引き出しの少なさに落ち込んでました。

こう言う風に踊りたい、と頭の中では想像できるのに体が全然動いてくれない。

昔、ニコニコ動画で踊り手をしていた時。

周りの友だちは、どちらかといえばちゃんとダンスを習ってきた人たちで、実力のある人ばかりで、なぜかその輪に入れてもらって仲良くしてもらってた自分は、そういうダンスのうまい人たちのダンスをありがたい事に近くで見させていただく事ができました。

「あんなにすぐ振り付け覚えられてすごいなあ」「かっこよく踊れてすごいなあ」

そんな事を思いながら、自分がそうなれるとは到底思ってなかったし、踊れる人ばっかりの中で一人全然踊れない自分がすごく恥ずかったのをすごく覚えています。

そんな自分が、今は振り付けをしていて、本来ならばどういう感情になるのが正解なのかはわからないけど、自分としては全然納得がいってなくて、周囲の方にダンスを褒めていただいても、「今自分がいるラインが低いだけで、実際はうまくもなんともない」と思っていました。今も思っています。

それでも、以前よりも初めて自分たちのライブを見てくださった方にダンスを褒めていただいたり、振り付けを評価していただける事が増えて、それが少しずつ自信になっていっているのを感じ始めています。7月に苦しんで苦しんでなんとかできた振り付けも、ファンの方が喜んでくださってるのを知るとともて嬉しかったです。

また、自分の中で、「この人みたいに踊れるようになりたい」という理想ができたのも大きかったです。周囲の評価に全てが左右される自己肯定感よりも、絶対に届かない理想に向かって努力し続ける方法に重きをおく方が、自己肯定感を高る方法としては自分に向いているようです。

「人生山あり谷あり、だけど、だから楽しい」。

自分が尊敬する人から、そんな言葉を聞けたのも大きかったです。

目の前の事にちゃんと向き合った結果、自分が今頑張るべき事が明確になった、そんなワンマンライブでした。

メンバーも増えて5人になったMAJIBANCHも、楽しい事をみなさんと共有して行きたいので、いつでも楽しい気持ちでお越しください。

あんまり難しい事は考えなくていいと思ってます。考えるのはこちらの仕事なので。

みなさんは純粋にライブを楽しんでもらえたら一番嬉しいです。

 

次の10月6日のワンマンライブでは、レベルアップしたライブをお見せできるようにさらに仕上げて参りますので、期待していてください。そして必ず来てください。悪いようにはしませんので。

 

これからもよろしくね。

 

 

 

【日常】寝ることの話

もう本当に何もかも嫌になってまして。

なにやっても楽しくない、なにやってもうまくいかない、自分なんてなんも頑張れてない、才能がない、なにやっても無駄、自分がやることは全部ダサい、っていう気持ちで過ごしていました。

梅雨だからなんだろうな、低気圧のせいかな。

最近あんまりサウナ行けてないからかな、整えてないせいかな。

とか、いろんな物事のせいにしてる自分にもものすごく自己嫌悪で、生きてる意味ないんじゃね?と思って過ごしてました。

 

それでもやることは次から次へと湧いて出てくるし、現実はしっかり目の前にいて、こちらスッと見ていて、

どんなに頑張ったって売れてないぞお前は

いい振り付け作ったって誰も見てなかったら意味ないんだぞ

ワンマンなんて頑張ったってお前らにはチケット3000円の価値すらないんだぞ

 

ってしっかりとした、口調で、言ってきている気がして。

 

もはや何をやってもダメな状態だったんです。

何をしても楽しくない、何を食べてもそこそこのおいしさしか感じない、人と話してもイライラするから喋りたくない。耳にイヤフォンさしてるのに、何も聞きたくない。

 

もともと、自己否定が強めだったのが、ここに来て本気出してきたな、どうしようか。と。

 

で、本当に何もかも投げ捨てて身分証とお金持って逃亡しようかなと思ったんです。

今持ってる責任も仕事も、何もかも嫌になって。

毎日毎日ライブはあるけど、本当に行ったって自分の価値を思い知るだけだなと思ったらホームのベンチから動けなくなってぼーっとしてしまったり。

 

なんでそんなことになったのか、原因はいろいろあるんですが、ここに書くと誰かを傷つけるし別に誰も悪いわけじゃないなと今になったら思えるからあえて書くことはないんですが。

 

でもやっぱり本格的に逃亡する元気も、気力も、根性もないので、とりあえず現実世界からはログアウトしたいなと思って、とりあえずめっちゃ寝たんです。

思えば最近全然眠れてなかった。

なんか謎の不安感が強くてなかなか寝付けなかったり夜中に何度も起きてしまったり。

だから以前眠れなくなって辛かった時に買ったドリ○ルが残っていたので、それを飲んでしっかりめに寝たんです。

やらなきゃいけないこと、沢山あったんですが、とりあえずこの目の前のことからは逃げたいと思って。

 

久しぶりのまとまった睡眠。夢も見ないほど爆睡できました。

 

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ソムナスというアプリで睡眠を管理してるんですが、目標達成度127%のパーフェクト睡眠。

目覚めの清々しさ。スッキリとした頭の中。私は本当に思った。

 

「ちゃんと寝るのマジ大事」(それはそう)

 

ちゃんと寝ただけで、ネガティブが治るわけではないんですが、「まあ言ったってなんともならないしな、やれることちゃんとやろ」くらいに結論づけられるようにはなりました。

睡眠が足りてないと、人の言葉をもろに食らってしまって突き詰めて考えすぎてしまう。

いろんな人に言われるいろんな言葉に対して、ものすごく意味を理解しようと頭を使うんだけど、自己否定が強いせいで、自分が悪いっていう方向に結論づけてしまう。

考えすぎだよ、って言われても、いや、考えなさすぎだよ、と。人に対しても否定的。

 

もしかしたら私は人よりちゃんと長めに睡眠をとらないと、ものすごくネガティブで辛い気持ちになる工場で生産されたのかもしれません。

 

ちゃんと寝たからか、振り付けも脳内でかなり捗りましたし、人に言われた言葉を間に受けすぎない、(もしくは間に受けすぎそうになる前に聞くのを止める)

 

逃げるは恥だが役に立つじゃないですが、私はサボるのもあんまり上手じゃないみたいなので、本格的に逃亡する前に、こうやって睡眠逃避していこうと思いました。

(多分やりすぎるとそれがまた自己嫌悪になるんだろうから気をつけないとですが。)

(ほんとは毎日規則的な睡眠を取れるように努めるべき。)

 

あったことを忘れない為の、ただの日常の話でした。

 

【備忘録】さまざまな出来事の話

ブログを書きたい、書きたいなと思うこともたくさんあったんですが、

書きかけの下書きが溜まっていくだけで、全然アップできてなかったです。

ごめんなさい。

それほど、まさに昨年の10月からは忙しい日々が続いていました。

そもそも、この記事に関しては「2ndワンマンライブありがとうございました」

っていう記事を書きたくて書き始めたんですけど、ワンマンのことを色々書くには、

このブログを書いていない間のことも書かないと、伝わらない部分が多いなあと思ったので、ちょっとだけ長い記事にはなるんですけど、通勤通学の暇な時間にでも読んで貰えたら嬉しいです。 

 

1.推しがいる生活の話

2.好きなものを発信するという話

3.振り付けの話

4.ワンマンライブの話

5.さいごに

 

1.推しがいる生活の話

もともと、 福井に住んでいる時からファンとなって誰かを応援するということは生き甲斐でした。これはSMAPが大好きな母親の影響が大きくあります。

SMAPを生き甲斐にしている母親を見て育った私は、当然のようにジャニーズにハマり、「オタクしたけりゃ自分で稼いだ金で楽しんでナンボ」という母親の訓えの通り、高校生で始めたアルバイトのお給料はチケット代や遠征費やグッズ代に費やしました。

(ちなみにこの時はKAT-TUN空前絶後の大ブームで、もう猫も杓子もKAT-TUN。赤西派亀梨派でバチバチしあっている時だったんですが、そんな中一歩引いてワルぶりきれておらず、踊りが手先まで丁寧な中丸さんにとてつもない魅力を感じていた中丸担でした。中丸担の知り合い、まあ年上の人が圧倒的に多くて、「高校生で中丸担だなんて君に本当に見る目がある」ととても可愛がってもらいました。)

高校生の時にブログを通じて知り合った自分よりはるかに年上のお姉様方に可愛がって頂いて、遠征したらお家に泊めてもらったり、手作りのグッズを交換しあったり、担当の誕生日をみんなで集まって祝ったりするのがとても楽しかった。高校生でちんちくりんの私にも分け隔てなく本当に仲良くしてくれた。その多くの知り合いが大阪に住んでいたので、一人で早朝鈍行列車に乗ってオタ活をしにいく為に毎日を頑張っていました。この頃から、自分の応援スタイルとしては、お姉様方の影響もあり、キャーキャー騒ぐというより「担当の一挙手一投足を丁寧に観察し言語化し噛みしめる」スタイルが確立していました。合掌し感謝するスタイル。

それから大学に進学し、一人暮らしや音大での様々な挫折経験を経ているうちにいつしかそう言った誰かを応援する生活から離れて行きました。

そんな頃に出会ったCIVILIAN(出会った頃はLyu:Lyu)をささやかながら心の支えにして、応援して最近まで過ごしていました。

 詳しくは過去記事参照でまた時間があるときにでも。

nrakura.hatenablog.com

時は経ち、自分がいまのまじばんchとして活動をし始めて数年が経った頃に、自分を応援してくれている女の子が超特急という沼にどっぷりハマっていました。

超特急さん、実は前職で少し関わらせかけて頂いたことがあったんですが、その時には特にハマったりはせず、「顔面が綺麗な男の子たち」くらいにして思ってませんでした。ですがその子があまりにもプレゼンが上手で、様々な手の布教活動を私に行ってくれるので、頂いたCDを聞いたり写真集を見たりして少しずつ彼らを知っていき、ライブのクオリティがものすごく勉強になり、自分自身もアイドルというものを今一度研究しないといけないと思っていた時だったので、自主的にいろんな動画を見たりしていくうちに、じっくりと時間をかけて徐々に沼に足を踏み入れて行きました。そんな私が、自分がこの沼に本格的に落っこちたのが、need youのMVを渋谷の街頭ビジョンで見た時でした。

上質な布教活動を受けていたのもあり、新曲やその他の情報はなんとなくチェックして見ているだけっていう状況だったのですが、need youのMVを見た時に感動したんですね。めちゃくちゃ。

メンバーが一人抜けてしまった後のタカシさんの歌声の急成長と、変顔やトンチキが一切ない私が知っている超特急さんじゃない魅力を目の当たりにして、人間の表現の幅ってこんなにあるんだっていうことにものすごく感動して。(私がそういう部分しかみていなかったのもありますが)

なんかきっとここまでの幅を魅せれる人たちってものすごくエンターテイメントを磨く為に真剣なんだろうし、メンバーが抜けてしまったというネガティブな事案を乗り越えた強さみたいなのも感じて、世界やレベルは違えど自分たちと少なからず重なる部分があって、頂いたGOLDEN EPOCHを全部聞いてまた感動して完全に沼に落っこちました。

それから彼らの歴史を辿っていき、世に出ている楽曲を全て聞き、様々な映像を観察し、無事に乗車が完了しました。

 

久しぶりに推しがいる生活を送っていろんなことに気づきました。

推しがいるだけで、人生のカラーが3Kから4Kになるくらい違うという事。

誰かを応援するエネルギーっていうのは、自分を動かす良質なガソリンになるし、頑張っている人を見ているだけでこんなにもパワーを貰えるんだという事。

人を知れば知るほど、自分の事も立ち止まって振り返れるという事。

応援というスタイルで良質なインプットがあると、自分のアウトプットの質も上がるという事。

例えば、自分はアイドルをしているけれど、今ひとつアイドルをしている自分を理解できていなくて、これでいいのかって迷うことが本当に多くて。自分は特に至らない部分が多いからこそ完璧を求めてしまうけれど、一度自分が応援する立ち場になって考えると、推しの些細なミス、愛おしくてたまらないんですよね。けどそれはちゃんと日々頑張っているのを常に感じているからこそ、それがより愛おしく感じるわけで。(でももちろん完璧を追求したい)

ダンスや歌で勉強になる部分もめちゃくちゃあるんですが、応援することによって感じれたステージに立てること素晴らしさは、自分の活動にも大きく影響を受けました。

 

2.好きなものを発信するという話

そんな訳で無事に8号車(超特急さんのファンの愛称)となった私ですが、最初はこの事を言わないようにしていました。自分の好きなものはどんどん発信した方がいいとずっと思ってたんですが、やっぱり自分の立場もあるので、嫌悪感を抱く人も少ながらずいるだろうなと。でもその癖、自分たちは活動をしている中で、「まじばんがいいと思ったらどんどんその好きを発信して欲しい」と言っていて、それを自分できないのってどうにも筋が通ってないなとも思っていて。

自分がかつて高校生で、地方のオタクで、エレクトーンくらいしかやることがなかった時に、少しでも自分の好きなものを何らかの形で発信したいと思って始めたブログをきっかけに知り合えたオタク友だちとの時間はかけがえのない思い出だし、参戦した様々なライブでのひと時は生きるエネルギーになっていた。でもそれも、自分が発信しなければ始まらなかったことで。

自分はアイドルらしさみたいなのが本当に著しく欠けているアイドルだけど、そういった応援することの素晴らしさを自分の姿を通じて発信することはできるかも知れないと思って憚らず言っていくようになりました。

自分の好きなことをいうのって、簡単なことじゃないですよね。

簡単にいうこともできるけど、否定されたら悲しいし、自分なんかが言っていいのかとか色々考えちゃいます。

けど、これだけは間違いないのは、「言われてる側は嬉しいしとても励みになる」と言う事。ソースは私です。

もちろんワードチョイスやリテラシーには細心の注意を払わなければいけませんが、好きが伝染して広がる世界は、人生に彩を与えてくれると言う事を改めて感じました。ありがとう。プレゼンの上手いのらくら推し。ありがとう超特急。

le-chie3014.hatenablog.jp

そののらくら推しの方が書いてくださったブログです。今でもなんか辛くなったりしたら読んでるよ。ありがとう。

 

 3.振り付けの話

ちょうど昨年の秋あたりから、まじばん以外で振り付けのお仕事を頂くようになりました。

わたしはダンスをちゃんと習ったこともなければダンサーでもないし、まだまだ教わる事が多い身で、体だって硬いし筋肉だってまだまだ足りてない。

それでも頂いたお仕事はありがたくとりあえず全力でやってみようと思って受けるようになりました。

振り付けのお仕事を頂く度にインスピレーションを受けるためにいろんなアーティストさんの映像や曲を聞いたりするようになったのは、自分のステージにもすごくいい影響を頂いているし、自分自身の成長の為にもこれからも頑張って行きたいと思っています。

振り付けをするようになって、「自分のこさえたものが誰かの手に渡ったり、世に放たれたら、受け取り手によってそれは形を変えてしまう」と言う事を強く感じました。

こういう意図の振り付けです。といくら説明して振り入れをしてもやっぱり踊り方って個性が出てしまうし、もちろん、なるべく意図が伝わるように作るし教えるけれど、自分の意図が100%伝わっていたとしてもアウトプットする人によって姿を変えるのは当然の事で。

初めはそのギャップにめちゃくちゃ戸惑ったし、自分の至らなさが原因なのかと思ってめちゃくちゃ反省したりしてました。(自分はどちらかと言うと振り付けを詰め込みすぎてしまう傾向にあり、印象としては忙しい振り付けを作りがちなので、なおさらそうなってしまうのもあります。)

基本的には、納品先が納得してくれれば良いのですが、やっぱりお客さんに対して踊る人の魅力がより伝わる振り付けをしたいので、まだまだ精進したいです。

そんな中で一筋縄でいかないのがまじばんのカバー楽曲たちです。

自分が踊るからというのもありますが、一番のこだわりは本家へのリスペクトをどれだけ込めれるかという事。

リスペクトが二次創作物において一番重要だと思っていて、その要となる要素として振り付けのパーセンテージってすごく大きいと思っています。私の振り付けの意図が伝わらないのと同じように、私も本家の作曲の意図を全て汲めていないかもしれない。可能な限り私たちが表現する事で、また素敵な連鎖に広がる事を目指しています。

なので、これまでにカバーした楽曲の振り付けの意図を敢えて語る事はありませんが、どういうモチベーションで向かっているかは一応伝えておきたいなと思って文字にしました。

 

4.ワンマンライブの話  

そんなこんなで、前回のワンマンライブから、個人的にそういった様々な心境の変化を経て迎えたまじばんchの2ndワンマンライブでした。

ちょうどこのワンマンを迎える1週間前にCIVILIANさんのワンマンライブが赤坂BLITZで開かれ、半年前から楽しみにしていた私はなんとかライブにいける人権を死守し、馳せ参じた訳なのですが、そのライブで私が神と崇めるボーカルのコヤマさんが、「歌詞を間違えないように歌って、演奏を間違えないようにやって、問題なくライブを終えれて、ああよかったねっていうライブを繰り返してしまった時もあったけど、ライブってそうじゃない」(原文ママではない私の記憶)と言う事を言っていて、それはまさに私も最近のライブで思っていた事でした。自分は特に完璧主義なのでどうしても完璧を求めすぎてしまってライブ感のないライブをやってしまいがちだなあと感じていて。そして全然完璧に追いつかない自分にばかり意識が行ってしまっていたけれど、ライブってそうじゃないよねっていうのを改めてコヤマさんの口から聞いて、ステージに立つ人間がぶつかってしまう壁なんだとやっと理解できました。いつになく感情が爆発してギターをぶん投げるなんてこと、長年CIVILIANさんを見てきて初めての事だったけれど、その感情が爆発する瞬間に立ち会えたことがすごくすごく嬉しかったんです。

CIVILIANさんだけじゃなく、超特急さんでも同じ事を感じていて、普段はクールなタクヤさんが感情を爆発させたライブパフォーマンスをしているのを見た時、やっぱりそこには紛れもないライブ感があるんです。めちゃくちゃ魂が震える。なかなか普段生きていて、感情が爆発することもなければ、人の感情が爆発している瞬間なんてそうそうないじゃないですか。

それを味わえるのもライブの良さなんだなって。

なので完璧にやるのも大前提だけど、来た人みんなに自分を曝け出して感情爆発したライブを楽しんでもらおうと思って挑んだワンマンライブでした。

プロデュースが手から離れた今、自分たちをMAXで伝えられるのはライブです。

プロデュースの意図みたいなのは、さっき言ったみたいな受け取る人によって受け取り方は様々だし私たちの口から語られることはありません。けれど、ライブを見てもらえれば自分たちの感情的部分は受け取ってもらえると信じてライブをしていますし、これからもして行きます。

いろんな発表がありましたが、それ以外にもMAJIBANCHにしかできないやり方でいろんな発信をしていくと思います。でもそれもライブあってこそだなと私は思っているので、これからも良いライブができるように精進していきます。

 

5.さいごに

ちょうど自分のワンマンライブが目前に迫ったときの出来事でした。

自分が応援するCIVILIANさんと超特急さんを見ていて思った事があって。

CIVILIANさんは赤坂BLITZのワンマンに向けて、アーティストさんとのコラボ楽曲をリリースしていました。

私は基本時に全方位肯定型のオタクなので、推しがやることはめちゃくちゃ広い心で受け入れる方なんですが、今回のコラボに関しては正直に言葉を選ばずに言うと「コヤマさんの声だけで聞きたかったなあ」と思ってしまっていました。

もちろんコラボしていたアーティストさんに非があるわけでもないし誰が悪いっていう話じゃないのは前提なんですが、一オタクの感情としてどうしてもそんな気持ちになってしまって、ワンマンに行く楽しみがちょっとだけ複雑な心境になっていました。

楽曲や声、演奏が素晴らしいだけあって、CIVILIANだけで完結したものを聞きたかったってどうしても思ってしまっていたんですが、ライブでちゃんと見るまでは言っちゃいけない事だとも思ったので、とにかく話はワンマンで見てからだと。

結論めっちゃよかったんですよね。どのコラボも今までにないCIVILIANで、コラボを通じてCIVILIANの良さを再確認しました。やっぱりこのバンドは素晴らしいって思えた。

 

時を同じくして、超特急さんはFC会員限定のツアー、通称ファンミが開催されており私も応募したんですが見事に一公演もチケットが取れませんでした。ジャニーズのファンクラブに入っていてもチケットガンガン外れるみたいなのを経験していたので、まあそんなもんよね…と思っていたんですが、超特急さんの素晴らしい点として、FC会員限定で見れる動画でちゃんとレポートをあげてくれたりするんですよ。福利厚生めっちゃいい。

過去のファンミの映像もしっかり見ていたので、今回もそれがあるだろうと思ったのもあって行ける人は自分の分も楽しんできて欲しいなあと思ってました。

ファンミの1日目が終わった時にエゴサやツイート等でファンミの状況を見ていたのですが、ファンミに行った人だけ意味がわかるハッシュタグや、セットリストの内容を全日程が終わるまで厳密にする事などに憤っている人たちのツイートをちらほら拝見して。自分もいけてない身ではあったけど、憤る理由が今ひとつわからなくて、どうせすぐ動画あげてくれる福利厚生もありますし、ライブなんていけた人の特権なのは然るべきなんじゃ…と文化の違いなのかしら〜と思っていました。

この2つの出来事を通じて思ったのが「ライブに行ってない人ほど憤りがち」。

結局、現場に行ってみないと演者の意図って全然伝わらないんだなってファンである身を通じて感じました。ファンミに関しては、外れてしまった憤りもプラスされているかもしれないけれど抽選は公平なものだから、憤っても仕方ないし誰が悪いっていう話でもないですし。

全部に対してイエスマンである必要って全然ないし、感想は素直に述べる表現の自由はあるけれど、ただでさえライブを生で見ていても受け取り方が人の数だけあるのに、自分の目で確かめていないものを否定したり意見するのって全然お門違いだなと。

良いも悪いも自分の目で確かめるが一番早いし、確かめなきゃその良し悪しを判断するのは早すぎる。

自分たちのライブがそうであるように、全ての演者がきっとそうでもちろん映像や音源での発信で可能な限り意図は伝わっていると思うけれど、ライブ至上主義な演者ほど、やっぱりライブに行ってなんぼだなあと。

CIVILIANのライブに行った私が大満足していて、同じようにファンミに行っているファンの人たちが大満足しているのが全て物語っていました。(ファンミのレポートが解禁された今、大歓喜してエゴサしまくっている)

だからこそやっぱり何回も言ってしまうけど、ライブにきて欲しいなあ。

人に勧めても恥ずかしくないアイドルであるようにもっともっと頑張るし、誰を連れてきても、いつ見に言っても楽しいライブしているから。

応援する人のアウトプットがアーティストの命をつなぐ時代です。

自分の応援しているものを可能な限り長く応援し続ける為にも発信し続けて欲しいし、発信したいなあと日々思っています。

 

長々とありがとうございました。

書き溜めてしまっている下書き、日常のことやしょうもない事が多いですが、少しずつアップしますね。

 

のらくら